Bye-bye, all of Evangelion

とうとう見終わってしまった。

最後の最後をいつまでもとっとけば自分の中のエヴァンゲリオンは消えないのかなって思ってずっと止めとこうとしていたけど。

見終わって結局はスッキリしているし全ての伏線が解決されていた。そして、最初からシンジのことはかわいそうだと思っていたけど、最後は青色の海と青色の空の下で大人になっていて安心した。そして、エゴで作った二人も穏やかに過ごしていて安心した。

 

フィクションだと分かりながらもシンジの世界は肌で感じることができて、胸が何度も動かされた。最後、シンジたちの世界はまた動き出したけど、フィクションである世界の彼らの世界は見たまでが限界。一方で、リアルに生きている私たちの世界をフィクションの最後を知りながらも動いている。いづれかまた、新しいアニメや創造される世界ができて薄れてしまう。けど、今の自分に何かしらの刺激を与えてくれてまた違った想像力が生まれた気がする。

 

大人になってエヴァンゲリオンを見て泣いた夜のことなんて忘れてしまうかもしれないけど、これからの行動に少しでも影響されているものはあると思う。こんなふうに打ち込む必要あるかなって思うけど、こんなにも感動する作品に出会えることもそうそうないからいいよね。

シンジもお父さんも同じことに悩んでいた。人が怖くなること、人と触れ合うと離れた時の孤独を知ること。知りながらも大人になること。何度も泣くこと。

 

何だか、高校の時にこの作品に出会ってたら、また違った人間になっていたのかなって思った。感じたことのある境遇を知り、その痛みをどうやって和らげるか。碇のお父さんも世界を巻き添えにしたように、一人で解決するには難しい内容のようだ。

 

私の中のエヴァはもう進化を遂げない。それは悲しいけど何よりもシンジに対する憐れむ気持ちが一切消えて、人一人に対する通常の気持ちを向けることができるようになったのが、何良りも嬉しい。誰も立ち入れないフィクションの中で、フィクションの中で存在する碇シンジくんの魂が能動的に新しい世界を作り出してくれていたら嬉しい。

 

いつかまた、人に対する怖さや拒否しようとする気持ちが芽生えた時は碇シンジのお父さんの昔の言葉を見直してほしい。最後の映画に入っている。何かヒントを与え、何か行動に移す知恵をくれるかもしれない。あの時とは違った動きをできるかもしれない。高校の時と同じ反応を繰り返してはいけない。ジレンマにハマりそうになったら、違う捉え方ができるように見方を工夫して誰かからの手を待つのではなく、自分から探ってみよう。

 

 

 

 

 

いつも、こんなふうに打ち込んで後で見返すと、理解できないほど文脈が研ぎ澄まされている。恥ずかしくなるような文もあるし、見ていられないほど悲観的な感情の時もある。

 

「全ての終わりに愛があるのなら」

全ての人に言えることかもしれない。それがあれば、人がなぜ生きるのかも考えずに済むかもしれない。