色々とわかってきてまた、間違っていたなと

お互いに

この残っている何かを抱えながらこれから自分が彼がどうなっていくのか

また同じ空気を吸いにそこで生活をしようと心が向いている

 

一人が報われる時とまた一人かと思う時とわがままな自分

 

最初にここに記し始めた時は違った不安に襲われていたけど、今は全く違うね

彼を置いて私は他の誰かのそばに行こうとして良いのだろうか

ただ私として、あの時から時が止まったままの彼を置いて前を向いていいのだろうか

どうしようもない、どうすることもできない大きなものを背中に背負いながら、これまでもこれからも生きていく彼の手を離して良いのだろうか

彼が彼自身を成り立たせるための末を否定しなければ私たちは一緒にいられない

他の誰かなら、今の彼を受け入れて変わる必要のない幸せと安心と心地よさと共に一緒にいられるかもしれない

私は妥協する必要があったのだろうか。

私の幸せを主張した末の今なのか、あの時、手を離そうとした時、彼の幸せを願った結果だったのだろうか。

 

少しずつ記憶が不透明になっている。色が薄くなり、周りにもやがかかり始めた。思い出せない。あの時感じた感情を感じられない。動かない。

何て切ないんだろう。私と出会ったことで苦しめてしまった。過去と自分と向き合わせてしまった。

 

 

いつか、いつか、この時間が彼の人を愛する本質に変わることを願う。誰かに愛されて、自分が誰かを愛せていることを実感して心が動いたことを感じてほしい。彼の人としての真心や過去や弱さや価値を自分で感じてほしい。誰かに託すことなく、自分で満ち足りたものだと感じてほしい。

 

淡くなっていく記憶にしがみつきながら、彼への想いを残していく。陰ながら想い続けたことに意味を持たせて、どこかで息をして生きている彼の未来に光が差すように。

 

 

どこかみんなと違う

自分は面白くない

 

ずっとそんなことを考えている

疲れるよ

誰かと一緒に人生を歩むことが現実的な年になってきた

いろんな節目や新しい出来事に目移りする。けど結局手に入れてもまた不安が付き纏う。どこまでいっても個人としてのやりたいことがいっぱいある。そして、不安に駆られて成長しなければと必死になる。

どこかで、子供は子供を育てられないと思っている。一人の人間、私の欲を振り撒いている人生に誰かという言葉が絡む時が来るのだろうか。

 

完璧さに追いかけられていつまで経っても子供から抜け出せない。

 

ただ、心の底から静かに静かに波が立たないような生活を送りたい。

 

 

時々ふと意味のなさや生きる気力が失せる時がある。だがそれが、逆にやるのがめんどくさいことでも何もせずともやろうという気持ちにさせたりする。

たまに来るその感情が自分を邪険に扱って良い理由にもなる。

彼に愛されていたのだろうか

 

すごく複雑な気持ちになってきた。彼でないといけないことや、それでも彼が良いと思う時や。揺れている。とても気持ち悪いと思う時もある。

 

仕事が仕事ではない感じ。疲れているのかさらに京都に帰りたくてしょうがない。

東福寺の近くの喫茶のおばあちゃん

梅雨の少し冷たく感じる時期の嵐山。swettyのnonfiction

河原町の橋を歩いているときのなんだか説明できない、明るくなる感覚

鴨川の風景を見てやはり京都だと感じる

清水寺までのゆっくりとしたドライブ

真夜中の南禅寺で少し近づく二人

深夜3時の伏見稲荷

ドライヤーをかけているときの横から覗き込む落ち着いた瞳

へばりつく暑さでスタバを飲み、大きな赤いもんと美術館を眺める

初めての優しい手が私の髪を撫でる

苦しみから救ってと懇願した東寺

清水寺から見る京都タワー

私のファーストプレイス イン 伏見稲荷駅 京阪

轟 車を長く停めて